1月16日(土)にカワイ音楽コンクール・松本予選が開催され教室からは3名が参加しました。3名中2名受賞という結果を収めることができました。内1名は見事予選突破、続く東京大会へ駒を進めることができました。
私の教室は、ポピュラージャズからクラシックまで幅広く音楽を知ろうということが指導理念です。コンクールを目的とし勝ち抜く指導に主眼をおいていません。しかし小学生〜中学生までは、コンクール参加は、できることならやってみると良いと考えています。それは、やはり芸術は激しい努力が必要という本質を知ることができるからです。(指導者である自分も)
賞を得られれば、受賞経歴が進学や先々の何かの一助になり得るでしょう。それももちろんあります。
結果は先に書いた通りですが、リアルなものにも触れつつ以下少し掘り下げてお伝えします。よろしければお読みください。
うたのコンクール5、6年の部 入賞(小6・女の子)
彼女は小1から毎年、このコンクールのこの部門に参加している生徒さんです。うたのコンクールは参加資格は小6までですので、いよいよ最後の年です。ずっと参加を続けているということは歌が好きだということの証明でしょう、「好きこそものの上手なれ」小1から入賞を逃したことはほとんどない素晴らしい女の子です。しかし無邪気に歌える時を経て、ここ数年は歌うということの技術そのものの難しさ、さらにその歌の意味や情感を伝え、魅せる表現力の難しさに、彼女と私と試行錯誤の歩みです。自分の感受性や審美眼を超えてものを表現することなどできるでしょうか。この意味では人としての成長もとても大事です。
ただ、ひとつ信念でやってきたことは確かなものであるに違いありません。学んだ全てを最後のチャンスである東京大会にぶつけ、有終の美を飾ることができるよう期待しています。
ピアノコンクールソロ部門C 努力賞(小3・男の子)
カワイ音楽コンクールはいくつかの部門がありますが、その中でこちらは一般も参加できるピアノソロ部門とあり、一番ガチな雰囲気があると感じています。
この男の子は前年度の長野県コンクールでも奨励賞を受賞しているだけあり、持っているものがあると思っています。それは、曲想を的確に捉えるセンスであったり、本番の勝負強さであったりです。彼のキャラクターが好奇心旺盛で何事も興味を持ち、意欲的なことが良いのかなと感じます。「何事もやって損になることはない。」
ピアノコンクールでは他者とのわかりやすい比較で、ひとつ深い打鍵があると聴き映えがするように感じます。そこも男の子は良い音を出せるなと思います。前途が明るく広がる3年生。ここから、高学年になり成長の幅も広がることでしょう。楽しみです。
ただし高学年になると周りもぐんとすごくなる。特に技術力の差は高学年になる程、はっきりし、簡単に逆転するようなものではなくなります。それは技術は一夜で身につくはずもない、日々の鍛錬の蓄積ですので当然です。これにつきましては次の生徒の体験記がそのリアルを伝えます。
ピアノコンクール ソロ部門C (小5・女の子)
彼女は私の娘ですので、娘との二人三脚コンクール体験記は思い入れが深いです。彼女は年少からうたのコンクールやピアノコンクールにずっと参加し、その真面目さと素直さで受賞を重ねてきてくれました。ミュージカルなどの舞台芸術が好きで、それが自身の人生の夢として心の中に固まってくるにつれ、やるべきことが増えました。日々どうしてもオーバーワーク気味で、時間がない。
学年が上がれば上がるほど多大な時間を要することに対し、学年が上がるほど時間がないという矛盾、その中でどうにかしなくてはならない芸術の厳しさを正に体験中というところです。
ともあれ今回は受賞を逃す結果となりました。ただし、この勲章を下げることで初めて心底わかるものがあります。きちんと受け止め、先に生かせますように。
音楽は癒しであり慰めです。しかしそれをやることは苦しい。ちょうど今、娘の読書が宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」。このお話は芸術に大切なものを動物たちとのやりとりの中に密かに教えてくれますが、生徒たちが(私自身も)ゴーシュに重なります。
ゴーシュがそうしたように、努力を持って切り開き、一人一人が自分を開花させることができますように。コンクールはそのための大いなる努力目標です。やはりやって損になることはありません。